アートのひみつ!

人とオオカミが背中合わせで立つ手焼きのタイルの塔(とう)や、不思議なカーブミラーの作品はどのようにして作られたのだろう?

人とオオカミが背中合わせで立つ手焼きのタイルの塔(とう)や、不思議なカーブミラーの作品はどのようにして作られたのだろう?

Q1. 人間と狼が背中合わせになった、2つの塔というコンセプトはどこから来たのでしょうか。

淺井さん:最初のイメージは、4層ほどに別れたそれぞれの層で色の異なるタイルを使った2つの塔が、背中合わせに一体となっているというものでした。「背中合わせ」のモチーフは、これまでの絵画作品にも繰り返し登場してきたもので、今回の立体作品でもその発想が自然と引き継がれました。
塔という形態を選んだのは、通学する子どもたちよりも背の高いものをつくりたかったからです。子どもの頃は塔の下部が視界に入り、身長が伸びるにつれて穴の開いた中央部、やがて頂部へと視線が移る。成長とともに作品との関係性が変化していく、そういう体験を意図しました。

自由に見たままの作品を楽しんでもらうのが一番ですが、背中合わせの異なるものをもう少し説明しようとすると、「異なるもの同士が同居し影響し合う中から生まれてくる感覚」に興味があります。例えば絵を描いていると、ふと置いた一筆に根拠のない手応えを持つ時があります。それは自分の中からだけものを作っているというよりも、自分の外あるいは真反対にいる自分とは異なる何かからくる、ある種昔の人たちが使っていた言葉でいう「虫の知らせ」みたいな感覚です。

今日本では熊の問題が年々大変なことになっていますが、それって熊を遠くの隣人扱いしていたからなのではないかと。同居人として感覚を擦り合わせていけば、お互いにぴんとくることが増えて、もう少し違った角度からその問題も見えてくる。そういうことを絵に描いているつもりでいます。お互いのすみかであるこの星の中で、別々の方向を見つつも穏やかにぴったりと寄り添っている、というのがとても重要なのです。

Q2. 狼のモチーフに、どのような意味を込めていますか。

淺井さん:狼的な四つ足の獣は、自分の作品に欠かせないモチーフです。世界の神話における狼は「立ち打ちできない自然の脅威」として描かれることが多く、西洋では英雄によって討伐される存在として、アジアでは殺したり、追い出したりすれば祟られる存在として語られてきました。
しかし私が描いているのは、そうした神話的な猛威ではなく、もっと臆病な存在です。自然を代表しながら、生き残るために常に周囲を注意深く観察し、人間などの気配に敏感に反応してそっと身を潜める。そういう生き物が絵の中にたくさん存在するということは、そこが生態系として豊かな場所だということを意味しています。

Q3. 猟師との交流が制作に影響していると伺っています。

淺井さん:2019年から鹿の血液を使って制作をしていますが、その血を得るために宮城県石巻に住む食猟師の小野寺望さんについて鹿猟に何度か連れて行ってもらっています。
猟師さんと一緒に山を歩く時、その方は山に感覚をグッと合わせて、目も耳も、もっと大袈裟に言えば重さも変わって、気配をそこに混ぜているように見えました。
山の中を一緒に歩いていると、猟師さんが何かを感じてピタッと立ち止まる瞬間があります。これもまた「むしの知らせ」という感覚です。対峙する森の中に潜む獣たちはもちろんのこと、かつての私たちの祖先である縄文の人々もおそらくそうした身体的な感度を持って暮らしていたのだと思います。

Q4. 「山の主」という概念について聞かせてください。

淺井さん:主というのは、山や川の奥深くにひそかに存在する、その場を司る存在です。面白いのは、主は清浄な場所ではなく「淀み」に住んでいるとされていること。整地しすぎることで風通しが良すぎると、かえって生態系のバランスが崩れる。清潔すぎる水には魚も棲めないように、ある種の「雑さ」や「よどみ」こそが多様な生命を育むのです。

Q5. 土という素材と、共同制作のプロセスについて教えてください。

淺井さん:2008年からです。それ以前は2003年頃からマスキングテープで壁に絵を描き始め、アクリルや水彩も使っていました。土は微生物を含んだ生きている素材で、それ自体に状態や個性があります。土のコンディションに自分の手を合わせながら制作するプロセスは、土と対話するような感覚です。一人で描いているつもりでも、土の中に宿る生き物たちの気配が常にある。
今回のタイル制作には、この福山の常石で採取した土も使っています。他の地域の土と比べて粘度が高いのが特徴だと感じました。

制作にあたっては現地の土地の歴史もリサーチします。神社や古墳、遺跡の位置を調べていると、それらが高台に遺構が集中していることもわかります。古代の人々は知識ではなく身体的な感度によってそれを判断していたのではないかと思います。

Q6. タイル制作のこだわりと、色彩の選択について聞かせてください。

淺井さん:タイルはこのプロジェクトのために初めて本格的に取り組んだ素材です。高校時代に陶芸部で基礎を学んでいたことが下地になりましたが、実験を重ねるうちに、当初400-500枚の予定だったタイルが最終的に4000枚ほどになってしまいました。
タイルひとつひとつに小さなイメージが描かれており、どの絵とどの絵が隣り合うかによって、そこに新たな物語が生まれる。小さな単位の積み重ねから、気づいたら大きな物語ができている、という制作の仕方は、平面作品の頃からの自分のスタイルです。
ツネイシの方や、プロジェクトに関わる人々が、わざわざアトリエまで来てタイルを制作してくださったことは、このプロジェクトにとって非常に重要な意味を持っています。土は本来、個人のものではなく、その上で生きる生き物たちすべてのもの。他者の手が入ることは、ぬか床のような発酵のプロセスと似ていて、そういったちょっとしたことが大きな変化へと繋がって作品に複雑な気配や多様な物語を宿らせます。

最もこだわったのはその無限にある組み合わせを考えることでした、よくできたものだけを並べればいいかといえばそうでもなく、あえて初めの頃にテストで作ったような出来の悪いもの、なんでもない無地ものも多用したりもしています。自分のこれまでの作家人生の中でも特別時間はかかりましたが今では最終的にできたものを見てとても満足しています。

Q7. 空間全体、とくにランドスケープとのコラボレーション、鏡の作品について聞かせてください。

淺井さん:当初は、ウッドデッキのようなものから塔が突き出る広場のようなイメージでいましたが、武田清明さんの事務所からあのお椀状のランドスケープの案が届いた時には本当に驚きました。空間全体が作品になるなら、こんなに素晴らしいことはないと思いました。
お椀上のランドスケープに入口から入り、最奥まで進んで振り返ると、入ってきた大きな穴の向こうに小さな鏡が見える。外周の道路反射鏡も含め、「切り取られた 円形の空間」の中に身を置く体験は、古代の遺跡や祈りの場に迷い込んだような没入感をもたらすことを意図しています。
カーブミラーへの絵は半ば「おまけ」のつもりで提案したら採用してもらったのですが、電信柱やカラーコーンといった、町に無数に置かれたものに昔から強く惹かれてきたことが背景にあります。作品を描いたミラーを見た人が、ほかの通常のミラーを見たとき、そこに何か想像を働かせてくれたら。日常の景色をキャンバスとして再発見してほしいという願いがあります。

Q8. 子どもたちへ伝えたいことはありますか。

淺井さん:作品は公園のような開かれた場所にあるので、遊び場として感じてもらって構いません。でもこのタカラミチプロジェクトはツネイシの方やディレクターの方含めて沢山の思いで作られたものなのでいつもとは少しちがう遊び方で関わってほしいと思っています。大人にとっては芸術鑑賞の体験になるかもしれませんが、子どもたちにはもっと自由に、自分だけの発見をしてほしい。
タイルはすべて手づくりで、ひとつひとつに異なるイメージが描かれています。1000枚近くあるので全部を記憶することはまずできません。でも来るたびに、その日の気分で、自分だけのたからものを見つけることができるはずです。「見る力」を育てる場所として、この作品と長く関わってくれたら嬉しいです。

インタビュアー

椿 玲子

森美術館キュレーター