アートのひみつ!
700キロの巨大(きょだい)な陶(とう)の作品。この大きさには意味があるよ。 中で声がひびく作品、みんなで座れる石積み、季節を感じる果物の木、広場のような場所に集まろう。
Q1. 本作の着想と、「ケルノス」というモチーフについて聞かせてください。
西條さん:瀬戸内海に面した常石エリアは、温暖な気候に恵まれた土地です。山の斜面にはその豊かな気候で育まれた果樹がたくさん植わっています。作品を設置する場所やその周辺にも、みかんやレモンといった柑橘系、びわ、栗、いちじくなどさまざまな果樹が植わっていたのがとても印象的でした。
タイトルにある「ケルノス」とは、古代ギリシャの儀式で使われた、複数の壺が連なる祭祀土器のことです。人々はそこにさまざまな植物や穀物の種を入れたり、液体を循環させるなどして五穀豊穣を祈ったといわれています。特にクレタ島のマリア宮殿遺跡にある巨大な石のケルノスには、年に一度、多くの人々が集まって祈りを捧げたそうです。
この歴史的な祈りの造形物に想いを重ね、常石の豊かな果樹やあらゆる生命の豊穣を願い、季節の移り変わりを感じられる場所として、まちの大人や子どもが時々集まれる広場のような空間を目指してこの作品を制作しました。
Q2. 作品の形態と、有機的・生命的なイメージについて。
西條さん:大きな焼き物の造形物は、均一に乾燥させ焼成時の爆発を防ぐために、内部が空洞のチューブ状の構造になることが多いです。一方、わたしたち人間の身体も生物学的には口から肛門まで一つに繋がった同じようなチューブ状です。私は焼き物内部の空洞に人が声や息を響かせることで、身体と焼き物が持つ空洞が一つに繋がり、共鳴し、まるで一つの生命体のように存在することを目指しています。作品が有機的な造形になっているのも、そこからきています。
色彩については、ケルノスのテラコッタの色調をイメージしながら、どこか皮膚や粘膜のような、生き物を感じさせる色調と質感を意識しました。
「6本×6本」という構成は、吹いている本人の対角線上に誰かがいるような構造にしたいという思いから偶数にしました。身体の距離感と、人が作品に関わる際の空間的なバランスを考えてこの形態に行き着きました。また地面の上にただ乗っているというよりも、地面から盛り上がって出てきたような造形を意識しています。
Q3. 制作で大変だったことは?
西條さん:この作品は全部で700kgほどあります。窯で焼成する前は1トンほどあるため、もちろん一人では動かせません。リフトなどの機材を使うこともありますが、焼き物は焼く前が一番壊れやすいので、窯入れは人力で行いました。
大人5人くらいで協力して少しづつ動かしながら無事窯に入れることができました。
また、これだけサイズが大きいのでゆっくりと焼成することも大事です。窯に入れてから焼成して冷めるまで1週間はかかります。
Q4. 声や息を介した身体的なコミュニケーションについて。
西條さん:作品の中に声を出してみる、一緒に声を響かせてみる、たくさん穴があるから何人か集めてみんなでやってみる。そんな感じで、モノを通した人と人との関わりが自然に発生するようなことを期待しています。その時には調和する瞬間もあれば、そうでない瞬間もあると思っています。
いつも考えているのは、人とモノの主従関係が逆転するような瞬間をつくりたいということです。茶碗のような小さなモノに触れる場合、茶碗を「持つ」という感覚ですが、それが身体よりも大きいモノになると、人間はそこに「体を預ける」という感覚になる。サイズ感は人とモノの関係性を揺るがす一つの重要な要素だと思っています。
Q5. 周囲の果樹や景観との関係について。
西條さん:現在いちじく、びわ、レモンなど異なる季節に旬を迎える果樹を植える予定です。子どもたちが季節の移り変わりを感じられる場所になったらいいなと思っています。作品の周りには波紋が広がるように石積みのランドスケープが広がっています。そこに少し腰かけて休んだり、実った果物を食べたりしながら、季節を楽しめる場所になればと思っています。果樹がどんどん育っていって葉を広げていくと日陰も生まれるはずで、それが人々が集まる居場所になっていくことを期待しています。
Q6. 経年変化と、パブリックアートとしての時間性について。
西條さん:私が実際に目にしたケルノスの焼き物は紀元前2000年頃につくられたもので、時間の経過によって生まれた装飾の剥離や摩耗が、物質の強い魅力となっていました。この作品も、まちにお住まいの皆さんや果樹とともに長い時間を過ごしながら、そんなふうに風景の中に深く根ざしていってくれたらと思います。
マリア宮殿遺跡のケルノスのように、あらゆる作物や生命の豊穣を願い、季節の移り変わりを感じられる場所であるとともに、地域の子どもや大人が時々集まってコミュニケーションが始まる広場のような場所であってほしいと思っています。日常の中にありながら、ふと立ち止まって祈りや感謝の気持ちが生まれるような、日常と非日常の境界のような存在になれたら理想的です。
インタビュアー
椿 玲子
森美術館キュレーター